伝説のコレクター松田芳穂が語る箱根ポルシェ博物館の世界
PORSCHE
日本の自動車文化を変えた伝説のコレクター
近代日本の自動車文化を創り上げた人物の一人として、松田芳穂氏の名前を知らない自動車愛好家はいないだろう。
彼は単なるコレクターではなく、日本に本格的な自動車文化、特に高級スポーツカーの文化を根付かせた先駆者だった。その情熱と行動力は、今なお多くの人々の心に残り続けている。
松田氏が自動車収集に情熱を注いだのは、単に「持っている」という満足感からではなかった。彼が車を集めた本当の目的は「走らせる」ことだった。ミュージアムに展示していても、頻繁に車を連れ出して箱根の山道を駆け抜けていたという。
この姿勢こそが、彼を単なるコレクターではなく「伝説」たらしめた最大の理由かもしれない。
自動車への情熱が芽生えた瞬間
松田芳穂氏の自動車への情熱は、どのようにして生まれたのだろうか。
1970年代、度々車を探すために渡米していた松田氏は、ある日運命的な出会いを果たす。それがメルセデス・ベンツ300SLとアストンマーティンDB2/4との出会いだった。実際に走らせてみると、それまでの車では得られなかった興奮を覚え、楽しくて仕方がなかったという。この体験が、彼の中で眠っていた走る情熱を根底から目覚めさせるきっかけとなった。
それからというもの、松田氏は今までとは異なる大きな視点で幅広く自動車の収集を続け、1980年には「軽井沢古典車館」を創設するに至った。
しかし、彼の人生を決定的に変えたのは、ポルシェ550スパイダーとの出会いだった。
車は生まれてきた目的、秘めているパワーをとことん発揮させてこそ、真の価値がある
この言葉は、松田氏の自動車に対する哲学を端的に表している。彼にとって車とは、単なる移動手段や富の象徴ではなく、走ることで初めて命を吹き込まれる存在だったのだ。
ポルシェへの情熱と驚異のコレクション
ポルシェ550スパイダーを手に入れたことをきっかけに、松田氏のポルシェへの情熱は完全に覚醒した。
彼が手にしたポルシェは、普通のポルシェとは一線を画すものばかりだった。今日の日本では滅多に見ることができない、モータースポーツの歴史を彩る伝説的なマシンの数々だ。
松田コレクションの中でも特に輝いていたのは、1970年ル・マン24時間で優勝を獲得した917Kだろう。このマシンは、デザインを気に入った松田氏が3年という時間をかけて交渉を続け、やっとの思いで手に入れたものだった。
917Kだけではない。906、910、935、RS61に至るまで、彼のコレクションには本国のポルシェミュージアムが厳重に管理しているような貴重なマシンが並んでいた。
なぜ、ここまでレーシングカーにこだわり集めていたのか？
その答えは単純明快だ。松田氏はハイスピードのハイパフォーマンスカーにこそ情熱を感じていたのだ。
日常使いには930ターボなども所有し、その乗りやすさと速さを気に入って長く乗り続けていたという。生涯で乗り継いだポルシェは25台を超えるといわれている。
917K獲得までの執念
松田コレクションの中でも最も輝かしい存在だった917Kの獲得秘話は、彼の情熱を物語るエピソードとして語り継がれている。
1970年のル・マン24時間レースで優勝したこのマシンは、ポルシェの歴史の中でも特別な存在だ。松田氏はそのデザインに一目惚れし、何としても手に入れたいと考えた。
しかし、そう簡単には手に入らない。
3年という長い時間をかけて交渉を続け、ついに獲得にこぎつけた。この執念は、単なるコレクターの域を超えた、真の自動車愛好家としての松田氏の姿勢を象徴している。
あなたは、何かにここまで情熱を注いだことがあるだろうか？
箱根ポルシェ博物館の誕生
ポルシェへの情熱が高まる中、松田氏はアメリカで訪問した数々のミュージアムからも影響を受けていた。
1981年、箱根のボーリング場跡地に「ポルシェ博物館」を創設する。入場料は一律1000円。都心から近い立地もあってか、軽井沢の博物館よりも人気を集めたという。
世界標準から見ても驚くべきレベルのコレクションであったこの博物館は、当時の日本においては特に、とてつもない存在感を放っていた。
まだインターネットもなく、海外の情報が限られていた時代。箱根の山中に突如として現れた世界レベルのポルシェコレクションは、多くの自動車ファンを魅了した。
しかし、松田氏にとって博物館はあくまでも「車を保管する場所」でしかなかった。
彼の本当の目的は、これらの車を「走らせる」ことだった。ミュージアムから頻繁に車を連れ出して、箱根の山道でドライブを楽しんでいたという。
博物館の展示哲学
松田氏の博物館には、一般的な自動車博物館とは異なる独自の展示哲学があった。
多くの博物館が「見せる」ことを重視するのに対し、松田氏の博物館は「走らせるための保管場所」という側面が強かった。だからこそ、車は常にベストコンディションに保たれ、いつでも走行できる状態で展示されていた。
この姿勢は、訪れる人々に強い印象を与えた。ガラスケースの中の展示物ではなく、いつでも息づく「生きた機械」として車が存在していたのだ。
箱根の山道を駆け抜けるポルシェの姿を目撃した地元の人々は、今でもその光景を鮮明に覚えているという。
松田氏にとって、車とは「走る喜び」そのものだった。
日本に自動車文化を根付かせた先駆者
松田芳穂氏の功績は、素晴らしいコレクションを築き上げたことだけではない。彼は日本に本格的な自動車文化を根付かせた先駆者でもあった。
1983年、松田氏はポルシェA.G.の協力も得て、ポルシェ・パレードを開催する。日本にポルシェ文化を根付かせることに成功したこのイベントは、単なる車の展示会ではなかった。
松田芳穂氏が開催したポルシェ・パレードの様子
人々を魅了してやまないポルシェだけのパレードを開催しようという松田氏の想いを後押ししたものは、名誉や損益への欲求ではなく、「ポルシェを愛する人たちで集まってみたい」というポルシェへの純粋な愛だった。
この純粋な情熱が、多くの人々の心を動かした。
翌1984年には「フェラーリ・デイズ・イン・ジャパン」、1990年には「フェラーリ・ブランチ」を初開催する。オーナー同士で声を掛け合い、自ら招待状を送り参加者を集めた。
これらのイベント開催も、当時の車好きには大きな衝撃だった。今でこそ都内でフェラーリを見かけることはめずらしくなくなったが、当時は真っ赤なフェラーリが放つオーラは凄まじいものだった。
松田氏の発案によるイベントでは、そんな眩しいフェラーリが一堂に集まり、芝生の上を真っ赤に染めた。
ヴィンテージカーガーデンの創設
松田氏は日本にはこうしたイベントを開催できる場所がないと考え、自ら御殿場にヴィンテージカーガーデンを創設した。
箱根らしい起伏と芝の緑豊かなこのガーデンは、クラシックカーのメッカとして多くのイベントが開催され、現在に至っている。
単に場所を提供するだけでなく、自らイベントを企画し、人々を繋ぎ、文化を育てる。
松田氏のこうした活動は、日本の自動車文化の土壌を豊かにした。彼がいなければ、日本の自動車文化、特に高級スポーツカーの文化は、今とはまったく異なる形になっていたかもしれない。
あなたは、こうした文化を創り上げる人の存在を、どう思いますか？
松田コレクションが日本にもたらした影響
松田芳穂氏のコレクションとその活動は、日本の自動車文化にどのような影響をもたらしたのだろうか。
まず挙げられるのは、「本物を見る機会」を提供したことだ。当時の日本では、ポルシェ917Kのような伝説的なレーシングカーを実際に見る機会はほとんどなかった。
松田氏の博物館は、そうした貴重な機会を提供し、多くの若者たちに夢と感動を与えた。
次に、「走らせる文化」を広めたことが挙げられる。
松田氏は高級車やクラシックカーを「飾るもの」ではなく「走らせるもの」として扱った。この姿勢は、多くのオーナーたちに影響を与え、日本における高級車の楽しみ方を変えていった。
さらに、オーナー同士の交流の場を創出したことも大きい。
松田氏が開催したポルシェ・パレードやフェラーリ・デイズは、単なるイベントではなく、同じ情熱を持つ人々が出会い、交流する場となった。この繋がりは、日本の自動車愛好家コミュニティの基盤となっていった。
若い世代への影響
松田コレクションが特に大きな影響を与えたのは、当時の若い世代だった。
箱根ポルシェ博物館を訪れた多くの若者たちは、そこで見た光景に心を奪われ、自動車への情熱を育んでいった。
ある自動車ジャーナリストは、学生時代に訪れた箱根ポルシェ博物館での体験が、自分の人生を決定づけたと語っている。
「初めて917Kを目の前で見た時の衝撃は今でも忘れられません。あの日、私は自動車ジャーナリストになることを決めたんです」
こうした若者たちは、やがて日本の自動車文化を支える柱となっていった。
松田氏の影響は、単に「車を集めた」ということにとどまらない。彼は日本に新しい文化の種を蒔き、それを育てる土壌も整えたのだ。
松田芳穂氏の自動車哲学
松田芳穂氏の自動車に対する考え方は、独自の哲学とも呼べるものだった。
彼にとって車とは、単なる所有物ではなく、「共に時を過ごす相棒」だった。
松田氏がレーシングカーを多く集めた理由は、ハイスピードのハイパフォーマンスカーにこそ情熱を感じていたからだ。彼は車の持つ潜在能力、そのために設計された目的を最大限に引き出すことに喜びを感じていた。
「車は走らせてこそ、その真価が発揮される」
この言葉に、松田氏の自動車哲学が集約されている。どんなに価値のある車でも、ガレージに眠らせておくだけでは意味がない。走らせてこそ、その車は本来の目的を果たし、オーナーに喜びを与えることができる。
この哲学は、彼のコレクションの在り方にも表れていた。
博物館に展示されていても、いつでも走行できる状態に整備され、実際に頻繁に走らせていた。これは当時としては非常に珍しい姿勢だった。
車との対話
松田氏は車と「対話」していたという表現がぴったりだ。
彼は単に車を運転するのではなく、その車の特性を理解し、最大限に引き出すことで、車と一体になることを目指していた。
特にポルシェに関しては、その哲学や設計思想に深く共感していたという。ポルシェの持つ「純粋なスポーツカーとしての本質」と「日常での使いやすさ」という二面性に魅了されていた。
日常使いには930ターボなども所有し、その乗りやすさと速さを気に入って長く乗り続けていた。
松田氏にとって、車とは単なる移動手段や富の象徴ではなく、人生を豊かにする大切なパートナーだったのだ。
伝説は今も続く – 松田芳穂氏の遺産
松田芳穂氏が日本の自動車文化に残した影響は、今なお色褪せることなく続いている。
彼が創設した御殿場のヴィンテージカーガーデンは、現在もクラシックカーのメッカとして多くのイベントが開催され、自動車愛好家たちの交流の場となっている。
また、彼が始めたポルシェ・パレードやフェラーリ・デイズといったイベントは、形を変えながらも継続され、日本の自動車文化の重要な一部となっている。
松田氏の「走らせる」という哲学も、多くのコレクターやオーナーに受け継がれている。高級車やクラシックカーを単なる投資や展示品としてではなく、実際に楽しむという文化は、彼の大きな遺産の一つだ。
彼のコレクションの一部は、現在も大切に保存され、時折イベントなどで公開されている。その姿を見る度に、多くの人々は松田氏の情熱と先見性を思い出すという。
次世代への継承
松田芳穂氏の遺産は、物理的なコレクションだけではない。
彼が蒔いた「自動車文化の種」は、次の世代へと受け継がれている。彼の博物館やイベントに触発された若者たちは、今や日本の自動車文化を支える中心的な存在となっている。
自動車ジャーナリスト、コレクター、レーサー、メカニック、デザイナー…様々な形で、彼らは松田氏から受け取った情熱を次の世代へと伝えている。
松田氏が示した「車と共に駆け抜ける」という生き方は、多くの人々の心に残り、彼らの人生の指針となっている。
松田芳穂氏という一人の情熱的なコレクターが、日本の自動車文化の土壌をこれほどまでに豊かにしたという事実は、個人の情熱と行動が社会に与える影響の大きさを示している。
彼の遺産は、物理的なコレクションを超え、日本の自動車文化そのものの中に生き続けているのだ。
まとめ – 車と共に駆け抜けた生涯
伝説のコレクター松田芳穂が語る箱根ポルシェ博物館の世界
松田芳穂氏は、単なる自動車コレクターの枠を超えた存在だった。
彼は1970年代にメルセデス・ベンツ300SLとアストンマーティンDB2/4を購入したことをきっかけに自動車収集への情熱を育み、ポルシェ550スパイダーとの出会いでその情熱は完全に覚醒した。
1980年に「軽井沢古典車館」、1981年には箱根に「ポルシェ博物館」を創設。ポルシェ917K、906、910、935、RS61など、モータースポーツの歴史を彩る伝説的なマシンを数多く所有した。
しかし、彼の真の功績は、コレクションそのものではなく、日本に本格的な自動車文化を根付かせたことにある。1983年にポルシェ・パレード、1984年に「フェラーリ・デイズ・イン・ジャパン」、1990年に「フェラーリ・ブランチ」を初開催し、日本の自動車愛好家たちに新たな交流の場を提供した。
松田氏の「車は走らせてこそ価値がある」という哲学は、多くの人々に影響を与え、日本における高級車やクラシックカーの楽しみ方を変えていった。
彼が御殿場に創設したヴィンテージカーガーデンは、現在もクラシックカーのメッカとして多くのイベントが開催され、彼の遺産は形を変えながらも受け継がれている。
松田芳穂氏は、車への純粋な愛と情熱を持って、多くの人々に影響を与えた人物として、今なお多くの自動車愛好家たちの心に生き続けている。
彼が示した「車と共に駆け抜ける」という生き方は、私たちに情熱を持って生きることの素晴らしさを教えてくれる。
松田芳穂氏の伝説は、これからも日本の自動車文化と共に走り続けるだろう。
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